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2018年01月30日
本日の我が家のうちなーぐち(沖縄の方言)カレンダーの写真をご紹介。
ネーミングセンスwww

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…どんな草だろう?


前回からの続きです、

朦朧とした酔いの中歩くのは2回目の58号線沿いのバス停仮眠タイムまで。バス停に入ってきた鋭いバスのライトと顔面になんやらポツポツ当たる雨に目が覚め、起き上ったら周りにはベンチを囲むように出勤しようとしている人たちが多数立って待っていました。

恥ずかしさからその人たちの顔を見ることが出来ないのでサッと立ち上がってその場を去るwww

おかげさまで元気になり、テクテク歩き出したら20代前半頃、一人で東南アジアを旅していた時毎日の様にめっちゃ歩いた事などを思い出した。これだ、これ!この懐かしい感じ。旅モードに入り淡々と歩いていると脳みそが暇になったのか、色々な思いが頭の中に現れてきた。今日の昼ごろには子供が遠くの専門学校へ通う為の学費を払込に行く約束のことを考えたらその子がまだ4歳の頃中国でSARSが流行っている中、家族3人で飛行機に乗らないで北欧に行ったときの事が浮かんできた。

中国の北京からモスクワ行きの汽車に乗っていたのですが買い込んだ食料の底が尽きてしまい、ルーブルの手持ちが少ないせいかロシアの食堂車の値段は意外に高く感じた、中国の人民元は全く使えない。次の少し長めの停車がある駅の時に売店まで走ってパンなどちょっとした食料を買い込みに行ったけどやはり似たような状況の人が多く、列の進みが遅くて焦るばかり。やっと買えて戻る途中に出発の汽笛が鳴ったのでダッシュ。とりあえず一番近い列車に飛び乗れた。もう動き出していたのでヒヤヒヤ。

シベリア鉄道は何両編成か分からないのですがとっても長く、何台も通路を歩いてやっと自分のコンパートメントがある列車に着いた時はもう最高時速。心配と不安から家族は泣いていた。

隣りのコンパートメントには刺青が入った不良中国人のカップルがいてウチとお互いにちょっとしたいざこざ(スリッパの取り合いなど細かいことwww)があったがそいつらも一緒に泣いていて笑えたwww

…その時の子供の顔を思い出し、もう少しで二十歳になり春には家を出て内地行くことを思ったら今度はこっちが泣けてきた。

歩き続けていたら「思い」は浮かばなくなり、代わりにルーツ(レゲェ)のベースラインが一歩一歩のリズムによって降りてきてノリノリで進んでたらこの看板に遭遇www


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今度是非入ってみたい。


いつもは車でしか通らないので歩くことでいっぱい発見がありました。全部書いたらなかなか終わらないので今回はここまで。

posted at 19:11 | COSMIC